「一番」をとりにいく!!
2020年1月に、私はずっと会いたかったひとに会いに行くことに決めた。
それを決めた時から、もつれた紐が解けていく様が、あまりにも見事なので、数回にわたって書いていきたいと思います。
☆
3年ほど前になるだろうか。
近所の神社に毎朝のように参拝していた時期があった。
ある朝、いつものように手を合わせてじっと本殿の中を見つめ、自分自神と向き合っていた、その時だった。
からだの中から不意に声がこぼれだした。
「はるちゃんに会いに行きます」
その声は、私のからだを清らかに通り抜け、まるで青空に吸い込まれていくような気がするほどに、透明だった。
放った瞬間に、からだにちからがみなぎった。
その彼女、子宮委員長はるちゃん(現八木さやちゃん)に、私は3年経ってなお会いに行っていない。
数年前に出逢った「子宮委員長はる」ちゃんの本。
それまで小説から哲学書、聖書まで、本当に数え切れないほどの本を読んできた私が、これほどまでに魂を揺さぶられたことはない、と思うほどに、彼女の本には嘘のない、純度の高い言葉たちがひしめきあっていた。
ひとはあたかも自分の言葉のように、他人の言葉を話す生き物。
千と千尋の神隠しに出てくる「顔無し」のように。
私も長らく他人の言葉を自分の言葉のように使っていたからよく分かる。
そして、もうそれはイヤだ。本当の自分の言葉を話したい!と思い始めた時だったから、
彼女の言葉の中に一切の嘘のないことが、魂で分かったんだと思う。
そして、それがどんなに難しいことか。どんなにこわいことか、が。
「このひとに会いたい」
純粋にそう思った。
なのに、なのか、だから、なのか、私ははるちゃんに会いに行かなかった。
その頃、つらい状態だったからだを酷使して講演会をして全国をまわり、福岡にだって来てくれていたというのに。
一番会いたかった彼女には会いに行かなかった私は、いつの間にかその望みを忘れてしまっていた。
ひとは、こんなふうに、一番やりたいことを見つめるのがこわくて、視線をそらし、行動をズラすのだ。
(みんな~気を付けてね~笑)
そうこうしているうちに、子宮委員長はるちゃんは引退。
壱岐島にひきこもり、第一線から退いた・・・かのように見えた。
その彼女が八木さやかという本名で活動を開始し、事業を始めていた私にとってタイムリーにも「自分ビジネス」ということを提唱し始めた。
そして、この冬、壱岐島で自分ビジネスの勉強会をすると言う。
「行きたい」「会いたい」が一番最初に出てきた素直な言葉。
そのあと、「今会う必要がある?」「お金はどうするの?他にも使うべきところがあるんじゃない?」「八木さやちゃんに会うことで、自分と向き合うことから逃げようとしていない?」「答えは自分に向き合えば必ず出てくるんじゃないの?」・・・。
出てくるわ、出てくるわ・・・。
行かない理由。会わない理由。
悶々となってしまった後、夫に話した。
「あのね、八木さやちゃんに会いに行きたい」
「壱岐島に?」
「うん。受講料8万円かかる。」
「高っ!う~ん・・・」
「私のね、今世界で一番会いたい人、は八木さやちゃんだと思う」
「それなら行けば?」
(あまりの即答ぶりに)「え?」
「お金はなんとかするから、会いに行きなよ。今、申し込んで。人気なんでしょ。早くしないと満席になるよ。」
「行きたい」と言い出した私の方がうろたえてしまうほどの、即決ぶり。
いつもそうだ。
私が「したい」と言い出すと、それが肚から出た言葉かどうか、彼には瞬時に分かるみたい。
本人がオロオロするほどに、私の本望をいとも簡単にすくいあげ、そして全力でサポートする。
その様子は、何だか楽しそうでもある。
私が直感や肚からの欲求に素直になればなるほど、夫からのサポートはスピーディーになり拡大していく。
その直感や欲求に従って行動した結果が
得なのか損なのか。
役に立つのか立たないのか。
そんなの関係ない。
何度もチャレンジを繰り返してきた結果、そして夫からの惜しみないサポートを目の当たりにしてきた結果、私のからだはようやくそのことを納得したみたい。
やりたいかやりたくないか。
やりたいならば
やるか、やらないか、だ。
私の魂は大きな変化を求めている。
だから、私、1月に八木さやちゃんに会いに行ってきます!
いつまでも自分の望みに妥協してないで、一番をとる!!
第一希望をかなえてあげる。
そう決めた途端、いろんな不思議なことが起きていて、忘れちゃわないうちに、また書きますね!!
Love,
Shoko
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